かえるすな
手にもって、静かに左右に揺らすと、ゲロゲロとかえるが鳴くような音を出すことから、「かえるすな」と呼ばれる科学玩具があります。円筒形のアクリル容器に鳴き砂と水が密封されています。容器の大きさをいろいろ変えて実験すると、容器が大きくなると、音は大きくなり、低い音がでます。これは管楽器の気中共鳴と同じ現象として理解できます。
ダイラタンシーと楽音
19世紀末に、イギリスの科学雑誌「Nature」に不思議な音を出す砂(musical sandとかsinging sandと呼ばれる)が報告されてから、物理学者が実験室に持ち込んで研究しました。寺田寅彦は「砂の話」(1916)の中で、電子の発見で有名なJ.J.トムソンの説を紹介しています。粒子配列のいくつかの段階による膨張と収縮の周期的運動によって音波を生じるというものです。粉体に力をかけると体積が膨張するというレイノルズの膨張(dilate)の原理(dilatancy principle)(1885)についても詳しく解説されています。
粉体がせん断変形を受けると体積が変化することはダイラタンシー(レイノルズの命名)と呼ばれています。鳴き砂と類似の現象として、片栗粉や低温の粉雪に力を加えるときに聞こえる音があります。鳴き砂の特徴は、粒径が約0.2~0.6mm(中粒砂)で、粒度がそろっていて、よく磨かれた角の無い丸い形の石英が主成分です。ダイラタンシーの体積変化が大きい粉体は、振幅も大きくなるので、大きな音も出やすくなると考えられますが、砂の特徴との関係はまだ分かっていません。
乳鉢に入れた砂を乳棒で突くのは、今もオーソドックスな実験方法です。強い外力を受けて、砂粒子はダイラタンシーにより体積(粒子間の空隙)が変化しながら激しく運動します。発音時の乳棒と乳鉢は、上下に逆位相で音と同じ振動数で振動をしていて、砂層は一種のばねのような働きをしています(spring model)。楽音の振動数は、乳鉢や乳棒の質量に依存して、軽いと高い音が、重いと低い音が発生します。水中でも、空気の無い真空中でも発音しますが、重力の存在は必須条件です。
粉体の入った容器を上下にゆすると、重力加速度をg、振幅をA、角振動数をωとして、Aω2≧gの条件で粉体は流動化して対流が生じることが知られています。最大加速度Aω2が小さいときは、粉体の一部のみが流動化し残りは個体状のままです。下限の閾値Aω2=gは、最大変位Aで粒子同士が離れない(最大加速度が重力加速度に等しい)ための条件式です。
流体力学の理論から、ずれ変形で生じる粒子層のすべり面は一つの平面ではなく、厚さ数mmの無秩序で激しく運動する粒子層(slip channel)を形成することが分かってきました。流動粒子層は、ダイラタンシーによる垂直応力が復元力のように上と下の個体的な部分へ働くことで、鉛直方向の振動が励起されると考えられます。バグナルドは、Aω2=gより、振幅Aを粒径として、音の振動数をf=1/2π√g/Aとする「すべり面説」を出しましたが、単振動では、角振動数ωは振幅には無関係であることから、振動系についての議論がもっと必要と思います。
乳鉢の形は、流動砂のダイラタンシー効果に加えて対流が伴うので応力変化が大きくなり、振動を励起しやすい構造をしています。鳴き砂は、バイオリンが楽音を出すときの絃と弓のような役割をしているように思います。
これまでの鳴き砂との関わりをまとめてみましたが、流体や粉体の知識や理論への理解が不十分なために、誤認や思い違いもあると思います。ご指摘、ご教示を頂ければ幸いです。
