能登と加賀の鳴き砂

琴ヶ浜と黒髪神社

お小夜の黒髪を祀る饒石黒髪神社

  輪島市門前町の剱地には、悲恋伝説のお小夜の魂を鎮めるために建てられた「饒石(にぎし)黒髪神社」があります。参道を上り、創建当時の古い石碑を見ながら鳥居をくぐると小さなお社がひっそりと建っています。元の黒髪神社は鳴き砂で知られる琴ヶ浜がよく見える場所にありましたが、お小夜の怨念が沖を通る船を遭難させると言われ、海が見えない波の音も届かない場所に移したと伝わっています。

  琴ヶ浜は、船乗りの重蔵が帰ってこないことを悲しんで、お小夜が身投げをしてから砂が泣(ごめ)くようになったという伝承から、地元では「泣(ごめ)き浜」と呼ばれてきました。

  小説「砂の女」(安部公房作)の中で、砂丘に閉じ込められた中学教師の男は、砂の研究に生きがいを見つけて、逃亡を諦めます。砂には人を引きつける不思議な力を感じます。

琴ヶ浜のお小夜岩(2022年6月13日)

  琴ヶ浜の海岸の海底には、ごつごつした岩礁があります。すり鉢のようなこの岩の間で、米を研ぐように、洗濯板でこすられるように波の力で鳴き砂が洗い続けられてきました。今は、地域の方々の保護活動で現状維持されていますが、半世紀ほど前から営業を始めた採石場からの泥の流入によって受けたダメージが大きく、鳴き砂の回復は難しい状況にあります。

琴ケ浜のお小夜岩(2025年6月7日)

  2025年6月7日に地震の被害状況の調査に行きました。2024年1月1日の能登半島地震によって、柱状節理(写真の右の岸壁)が大きく崩れていましたが、幸いにもお小夜岩は無事を確認しました。

琴ヶ浜のお小夜岩付近の動画(2022年6月13日)
琴ケ浜のお小夜岩付近の動画(2025年6月7日)

  近年は、お小夜岩近くの砂が比較的良く鳴きますが、2022年と2025年の動画からも分かるように、以前と比べて弱々しく聞こえます。50年前には、黒崎安山岩の採石場からの泥が流入していましたが、泥で汚染されていない場所の砂は大変良く鳴きました。

千代浜

千代浜(2022年6月13日)

  剱地地区の少し北の方の千代地区には千代浜があります。琴ヶ浜よりも白い石英成分が多く、粒度も細かい鳴き砂の砂浜です。琴ヶ浜ほど有名でないためか、保存状態もよく、動画(2022年6月13日)でも発音は良好でした。

千代浜の動画(2022年6月13日)
千代浜の隆起した岩礁(2025年6月7日)

  2025年6月7日の千代浜の現地調査では、2024年1月の地震の隆起により砂浜の幅が120m(以前の2倍程)にも拡張していました。これまで海底に隠れていた大量の鳴き砂と共に、平行な二列の岩礁が出現していました。このゴツゴツした岩礁の隙間で、荒波によって洗浄と研磨を繰り返しながら鳴き砂は維持され保存されてきたことが分かります。

加賀市片野海岸の鳴き砂

片野海岸(2021年)
片野海岸全景(2025年7月5日)
片野海岸(2025年7月5日)
片野海岸の動画(2025年7月5日)

  7月5日、海水浴客の受け入れ準備作業中の片野海岸に行ってきました。発音状況は、2021年の春と比べて同じ程度で変化は見られませんでした。鳴き砂は日本海の冬の荒波に揉まれて洗浄されるので、汚されていない春先にはよく鳴きますが、夏になると、海水浴客が入り、発音は悪くなります。鳴き砂の保護は、人間が立ち入らないようにすることが第一ですが、対策は難しいのが現実です。不思議な鳴き砂を誰もが体験し楽しんでほしいと思っています。そのため、これ以上は砂浜を汚さないこと、持ち込んだごみはすべて持ち帰ることを徹底して欲しいと思います。

鳴き砂との出会い

  輪島の学校に勤めていた1975年(昭和50年)に、年配の国語の先生から「泣き浜」の存在を教えてもらい、夏休みに生徒と一緒に琴ヶ浜の調査をしました。キュキュと音を出す不思議な砂との出会いでした。残念なことに、道路工事用の黒崎安山岩の採石場が操業していて、泥水が流入している場所の砂は鳴かなくなっていました。

  幸運なことに、化学史でたどる化学実験教育に熱心なH先生と出会い、教員対象の「科学教育研究室」(金沢大学)を勧められ、M先生の指導を受けながら鳴き砂の研究をさせてもらいました。M先生は物理実験に必要な装置を手作りするほどの博学の実験物理学者で、終戦直後には、砂の流動現象を研究されていました。

  実験室の片隅に置かれていた年代物の大きな騒音を出す振とう機を動かし、1か月以上連続運転して鳴き砂を洗い続け、復元に成功して喜んでいたとき、三輪先生が科学雑誌「自然」(1978年11月号、中央公論社)に鳴き砂の製造法を発表され、衝撃を受けました。後に、同志社大学の三輪研究室をお訪ねした際に、人工製造法による良質の鳴き砂(オタワサンド:ガラス原料になるカナダ産の石英砂)を頂きました。三輪先生は保護活動と共に、良質の鳴き砂製造により実験の再現性に飛躍的な向上をもたらされました。

代表的な鳴き砂:オタワサンド

  鳴き砂の研究は1890年頃から始まり、イギリスの雑誌「Nature」に発音機構について諸説が出されました。1978年頃からは良質の鳴き砂を使ったすべり面のX線撮影も行われました。2000年頃からは遅れていた理論研究が始まり、カナダ、アメリカ、フランスなどの大学の研究機関で、流体力学や弾性論を適用した研究が精力的に行われています。

  ブラックな職業として、教員志願者の減少が社会問題化しています。社会にゆとりがなくなり、効率的に教える技術が求められ、官制研修が増えて自主研修が減り、創造性や自主性が失われてきているように思います。そこに長時間勤務が拍車をかけている状況です。「どうして」「なぜだろう」と科学にわくわくする「自由研究」を生徒に指導するだけではなく、教員も一緒に研究できる環境があれば、学校教育の場は魅力的・創造的で楽しいものになるのではないかと思います。