絵画モデル

科学と絵画

  「絵画は思考の技術である」というルネ・マグリットの芸術観に共感を覚えます。絵画にも科学のような累積性が重要だと思っています。

  19世紀の写真の発明は印象派を誕生させました。20世紀になると、1905年にアインシュタインの相対性理論が生れ、現代科学の基礎となる量子力学も誕生しました。1910年にはカンディンスキーなどによる抽象画が誕生しました。五感を超えた新しい自然観の登場を背景にして、抽象画やキュビスム、コンテンポラリーアートと呼ばれる現代の絵画モデルが誕生したように思います。

  科学論文がそうであるように、芸術も新しいものの見方、考え方、オリジナリティに真の価値があると思います。芸術も自然の一部なので、自然に対する好奇心は共通していると思います。絵画も、査読論文のように、適正な評価によって作品として認知されます。その意味で、絵画作品は科学論文と似ています。さらに、創作のプロセスもよく類似しているように思います。プロセスを簡単な表にしてみました。

科学絵画
序論Introduction着想
感動
創作意図(ねらい)
絵画モデルの検討
写実、点描、キュビスム、抽象、コンテンポラリーアートなど
研究方法Method構想(Concept)、素材、画材の選択
予測、試行、検証
研究結果
Result
絵画制作の展開
まとめ
Discussion
客観的視点での検証

マーク・ロスコとカラーフィールド

  来年(2025年)には休館が予定されている「DIC川村記念美術館」には、専用の特別展示室「ロスコ・ルーム」があります。薄暗い部屋にはいつも監視員の眼が光っています。微かに矩形が見え隠れする以外には形の無い色だけの7点の絵画(シーグラム壁画)があります。部屋に入り、しばらくして、目が慣れてくると、水中の魚が水を感じるように、室内の空間を満たす光によって包まれているような不思議な感覚が生れてきます。絵の中に入って鑑賞できるようにするために、必然的に巨大な絵になったのだと思います。

  波長の異なるいくつものゆらめく光に包まれているような心地よさが、いつまでもここに居たい気持ちにさせます。形を排除し、色だけからなる絵画空間を追究したロスコは、点描のスーラとは対極にあるように思います。科学的基礎付けとしてはマイケル・ファラディの見ていた電磁場が思い浮かびます。

木漏れ日

  強い日差しを受けて、神社の暗い参道に木漏れ日がゆらゆらと輝きます。Wikipediaによると、「地面に投影される木漏れ日は、全て太陽と同じ丸い形をしている。日差しが入り込む木の葉の隙間の形状には一切影響されない。これはピンホールカメラと同じ原理である。」と解説があります。以前、部分日食を観察していたときに、欠けた小さな太陽がいくつも見えたことが不思議でしたが、今ようやく納得できました。明部の形に注意すると、投影された丸い太陽の像の重なり具合が見えてきます。ピンホールの隙間が狭く(暗い)、重なりが無いときは丸い形になっています。また、光の波動性によって影の境界は常にボヤケています。

2013 樹影 F130 Acryl on canvas

  これは、ガラスに映る街路樹の柔らかい木漏れ日を描いた作品です。木漏れ日の形には自己相似性が現れていて、フラクタルな魅力があると思います。粒子と波動という相反する光の不思議な現象をフラクタルな絵画モデルによって追究したいと思っています。

フラクタル(fractal)

  部分と全体が自己相似形になっている図形はフラクタルと呼ばれています。自然界に特徴的に見られ、樹木や雲の形、巻貝、ヒマワリの種子の配列、海岸線、山岳地形、川の形などが知られています。フラクタルな自然形体の美しさには、フィボナッチ級数と黄金比が関わっています。人間の感受性とフラクタルは密接な関係があるようです。

大きな木
夏の雲
葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」出典:メトロポリタン美術館

  葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の大小の波頭の形は相似形のくり返しで、遠くの富士の形と手前の波の形も似ています。砕ける波しぶきの粒子や3艘の舟も相似形です。北斎は自然の中に自己相似性の魅力を見つけたのだと思います。

ゴッホ「星月夜」

  ゴッホの糸杉や星、雲に見られる大小のさまざまな渦のリズム感のある筆触表現にも自己相似性が顕著です。現代美術家草間弥生の多くの作品にもフラクタル性を強く感じます。大小さまざまな水玉模様で覆われたかぼちゃは有名ですが、鏡を使った無限に広がる球の世界もフラクタルな感性世界を表現していると思います。ドリッピングのポロックの作品もフラクタルと関連付けて論じられています。

  自己相似図形(フラクタル曲線)は非整数のフラクタル次元dで特徴づけられます。自分自身がサイズ1/nのミニチュアm個からなっているとき、d=lognmと表されます。フラクタル曲線の代表的なコッホ曲線では、サイズ1/3のミニチュア4個からできているので、d=log₃4≒1.26になります。正方形はサイズ1/2の正方形が4個でできているのでd=2、立方体はサイズ1/2の立方体8個でできているのでd=3になります。フラクタル次元は図形の複雑さを数値化するものです。芸術作品は、客観的な評価は難しいのですが、近年、美的評価を定量化する一つの方法としてフラクタル次元は注目されてきています。